2010年01月25日

最初の記憶・・・②

 すっごい、更新があいてしまいすいません。。。


 そして、本年も宜しくお願いします。

 
 では、


 続きの話・・・


 当時、カラオケといっても、

 今みたいなカラオケでもないし、

 昔、流行った、

 家でデッカイテープみたいなもの入れてやるようなカラオケでも無い。

 そんなモノができるもっと、も~っと昔の話なので、

 なんせ、僕が4歳ってことは、36年前っすよ。


 じゃぁ、どういうことやねん?

 つまり、

 ステレオのチューナーの周波数を

 マイクが飛ばす周波数と合わせると、

 マイクの音を拾って、

 ステレオのスピーカーから、音が出るってだけです。

 簡単に言うと、音楽もなんも無くて、マイクを通して

 スピーカーから出る自分の声を聞く。

 ってのが、

 親父の「カラオケしよっか?」だったわけです。


 長い説明ですいません。

 そんなに、深い意味は無いので、軽く流してもらっていいです。


 話はこっから、なんで・・・

 そのころ、僕も親父と同じノリで、

 アホだったんで、

 「うん!カラオケやる!」と、

 カラオケの意味もわからんと、答えてました。

 しかし、

 その肝心のマイクが、家に無いことが判明。

 「あ~そうやわ~タカシのおっちゃんの所かもしれんわ~」

 (タカシのおっちゃんというのは、親父と同郷の友達で職種も同じ電気工事を
しているオッチャンで、よく遊んでくれてたので、小さい頃は大好きなオッチャンでした)

アホの親父「ちょっと、庄一、取って来てくれへんか?」

アホの僕「うん!」

 その時、時間は、てっぺんを回っていたそうです。

 つまり、

 深夜の12時を超えていたのです。

 いくら、たかしのオッチャンのアパートまで、

 歩いて15分くらいとはいえ、

 4歳の男の子が、一人で出歩く時間帯ではありません。

 お袋はその時、何をしていたのか?知りませんが、

 とにかく、僕の記憶では、なんなく外に出て、オッチャンの部屋に向かったんだと思います。

 しかし、

 タカシのおっちゃんは、留守でした。

 当時、タカシのおっちゃんは、留守でもアパートの鍵なんか、

 開けっ放しの時代だったみたいで、

 僕は、真っ暗なアパートの一室に入って、テレビの下やら、

 いろいろ探しましたが、マイクは見つかりませんでした。

 そのうち、だんだんと・・・

 記憶にあるのは、

 さすがに、真っ暗な部屋の中で、汚れた畳、壁・・・

 怖くなってきたんだと、思います。

 よう考えたら、そない、カラオケって言われても、

 めちゃくちゃやりたいわけでも無いし・・・


 もう、「無かった」ってことで・・・

 と、

 家路を急ぎました。

 その帰路中に・・・

 片側一車線づつのちょっとした、道路がありまして・・・

 たぶん、その頃には、夜、一人、誰も居ない…っていう恐怖心が、

 僕の中にいっぱいあったんだと、思います。

 家に戻りたい一心で、

 その道路を渡りましたぁ~

 と、次の瞬間!

 記憶が飛んでるんですが・・・・

 一瞬、目の前が真っ白になったかと思うと、


 次には、軽トラックから、血相を変えたお兄さんが、

 僕の元に走って来て・・・

 「大丈夫か!!!!!僕?」

 と、抱きかかえたのです。


 そうです、

 僕は軽トラックに跳ねられました。


                     つづく

 予告、

 この後、親父の元に奇跡的な出来事・・・

 そして、その奇跡を頼りに親父が起こしたアホな行動とは・・・

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